要約

 シエナは、フィレンツェの南60km、イタリア中部の丘の上にある人口5万人ほどの小都市である。イタリアの多くの小都市がそうであるように、中世には繁栄した領域国家でありながら,14世紀のペストによる人口の激減や都市間の抗争に破れてフィレンツェの支配に下って後は、過去何世紀もの間、歴史の桧舞台に登場することもなく、眠りについたかのような日々が過ぎ去ってきたと歴史家であれば書くのかもしれない。確かに、20世紀初めまでペスト以前の5万人の人口を回復することはなかったし、経済的にもふるわず、イタリアの都市の中では、どちらかといえば目立たない地位に甘んじてきた。
 しかし、シエナは中世において市民階層の合議制による民主政体を11世紀からフィレンツェのメジチ家の支配に入る16世紀まで維持してきた都市国家であり、同時期に銀行資本の蓄積によって巨万の富を誇ったのみでなく、1472年創立の世界最古の銀行モンテ・デイ・パスキの発祥地であるばかりか、為替取引や簿記の発明に関するなど、様々の分野で近代の幕開けとなるいくつかの要素を生み出した都市でもある。しかしながら、この稿では、このようなシエナの華やかな時期(フィレンツェのライバル都市として戦いに明け暮れた時期でもあるのだが)よりも、むしろ長い低迷の時代を通じて育まれ今日に続く都市内の地区、コントラーダについて述べたい。実のところ、低迷の時代が長かったからこそコントラーダは今日に生きているのだと思う。

キーワード

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